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中国語を学び中国を知ると、話したいことが沢山生まれます。
学科教員、卒業生、そして中国人留学生から、とっておきの話をお届けします。

日本を飛び出す!

98生 林由加子

 
 留学後本来の同級生とは1年遅れて4年生を始めた私は、周りの学生と同じように就職活動を始めました。中国語が使える職種にしぼり商社2社にエントリーしそのうち1社から内定をもらいました。周りより早く4月半ばに決定したので、4年生後半は半日授業の日に限って会社にアルバイトとして通い卒業後晴れて私は社会人1年生となりました。
 会社での主な仕事内容は、中国にある協力会社からファッション小物を仕入れる際に必要になる貿易業務でした。ファッションに関しては興味のあるものだったし、中国語を使えるという条件が自分にあっている職場にも関わらず、半年もするとなぜか私は「物足りなさ」を感じていました。
 会社で使える中国語は電話で交渉する時のみ、時間にすると数分のことでしかありませんでした。この物足りなさは中国語を使える頻度が少なすぎることからきているものでした。それに加えて毎日重なる残業、日付が変わることもしょちゅうあり体調を壊し始めてもいました。やりたいことをできないままで終わりたくないと私はすぐに会社を辞めました。
 しばらく体を休めていた間、自分は中国語を使って具体的にどんなことをしたいのかをよく考えました。その時私は「中国語に囲まれた環境で過ごしたい」ことに気がついたのです。それ以来中国語圏で働く方法を模索し続け、辿り着いた道が「日本語教師」でした。地域を台湾に決めたのは体験したことのない中国語圏だったからです。方向が決まった後,通信教育で日本語教育の基礎を学び終え、すぐに台湾へ飛びました。
 台湾での日本語教師生活は、私が日本で感じていた「物足りなさ」を払拭してくれるものでした。ほとんど日本語ができない初級クラスでは中国語を使って授業をするのが必至だし、何と言っても生活環境そのものが中国語必須なので、思う存分自分の中国語力を発揮することができ、たとえ仕事が忙しく体力的に厳しくても、日本に帰りたいと思ったことはほとんどありませんでした。渡航前に父と約束した「2年間だけ」は、こうしてあっと言う間に過ぎたのです。
 
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担当クラスの生徒さん達と。